皆さん、女子プロレス史に燦然と輝く
「伝説の金網マッチ」をご存知ですか?
1990年、ブル中野さんとアジャコングさんが繰り広げた壮絶な闘いは、30年以上経った今も色褪せることなく、多くの人々の心を震わせ続けています。
単なる試合を超え、女子プロレスの地位向上、そして後進のレスラーたちに大きな影響を与えた、まさに歴史的な出来事でした。
今回は、当時の熱狂をそのままに、その真実に迫ります!
金網デスマッチ発端の発端:運命を分けた屈辱の第一戦
(イメージ画像)
1990年9月1日、大宮スケートセンター。
ブル中野さんとアジャコングさんの因縁の対決、金網デスマッチ第一戦の火蓋が切られました。
エスケープルールで行われたこの試合、終盤に特別レフェリー、ブルドッグKTさん(後の外道さん)の介入により、アジャコングさんが金網を越えて勝利するという結末を迎えます。
納得のいかない結末に、会場からは「金返せ!」コールが巻き起こり、ブル中野さんの心には深い屈辱と怒りが刻まれました。
「私の人生を変えた」 屈辱をバネに、ブル中野さんの猛特訓
「あの試合は私の人生を変えました。」
後にブル中野さんはそう語っています。
敗北の瞬間から、彼女の心は再戦への執念で燃え上がっていました。
屈辱を晴らすため、想像を絶する猛特訓を重ね、来るべき日に備えます。
運命の再戦! 横浜文体で迎えた「史上最狂の金網デスマッチ」
そして迎えた1990年11月14日、横浜文化体育館。
ノーレフェリー、凶器使用自由という、まさに死闘を予感させるルールで行われた再戦は、ファンの期待をはるかに超える壮絶なものとなりました。
両者の意地とプライドがぶつかり合う、まさに命を削る闘いが繰り広げられます。
前代未聞! 5mの金網最上段から決死のダイブ
試合はリング内にとどまらず、金網の上までもつれ込む展開に。
そして、ブル中野さんは誰もが予想しなかった決断を下します。
なんと、高さ5mの金網最上段からアジャコングさんめがけてギロチンドロップを敢行!
まさに命を賭けた、捨て身の一撃でした。
栄光の裏に隠された壮絶な代償
この歴史的勝利の裏で、ブル中野さんは頸椎椎間板ヘルニアという重傷を負うという大きな代償を払うことになります。
「痛みよりも、勝利の喜びの方が大きかった」と後に語っていますが、この怪我は彼女のキャリアに大きな影響を与えることになりました。
引用元:YouTube 全日本女子プロレス公式「金網ノーレフェリーデスマッチ」
女子プロレスの歴史を変えた! 伝説が持つ不変の価値
ブル中野さんとアジャコングさんの金網デスマッチは、「女子だから」という当時の固定概念を打ち破り、男子プロレスと同等の激しさ、そしてエンターテイメント性を証明しました。
この試合をきっかけに、女子プロレスは新たな時代へと突入し、多くの才能あるレスラーを生み出す土壌となったのです。
色褪せない伝説、未来へ繋がるバトン
30年以上経った今でも、
「あの試合を見てプロレスラーを目指した」
という選手は後を絶ちません。
ブル中野さんとアジャコングさんがリング上で見せた魂のぶつかり合いは、世代を超えて語り継がれる伝説となり、女子プロレスの未来を照らし続けています。
まとめ:伝説が持つ力、そして未来へのメッセージ
ブル中野さん vs アジャコングさんの金網デスマッチは、単なる試合結果以上の価値を持つ、歴史的な出来事でした。
特に再戦で見せたブル中野さんの覚悟、そして彼女が負った頸椎の重傷は、今も多くの人々の心を揺さぶり、女子プロレスの可能性を大きく広げました。
伝説は色褪せることなく、次世代へと受け継がれ、女子プロレスの未来を力強く切り開いていくでしょう!
【最新情報】
ブル中野さんは現在、タレント活動の傍ら、後進の指導にも力を注いでいます。
アジャコングさんは現役選手として活躍を続け、多くの後輩レスラーから尊敬を集めています。
2023年には、女子プロレスを題材にした映画「リングサイド・ストーリー」が公開され、プロレスファン以外からも注目を集めました。
近年、女子プロレスは再び大きな盛り上がりを見せており、新たなスター選手が続々と誕生しています。
伝説の試合を振り返りながら、進化し続ける女子プロレスの「今」をぜひ体感してみてください!